多数が少数を飲み込む風刺「23分間の奇跡」

世にも奇妙な物語で23分の奇跡という作品がある。社会風刺の創作ではあるが見方が2つある。

  • 子供の集団心理が教職員の手によって簡単に変わってしまう
  • 多数派が暗黙的に正義になる

この原作(The Children’s Story… (but not just for children)』)の翻訳者である青島幸男は、あとがきの中で1番目の見方をしているが、個人的には2番目の見方もできると思う。

この教室は個人主義のイデオロギー(トシユキ君)と全体主義のイデオロギー(先生とトシユキ君以外の生徒)の対立状態にあると言える。殆どの視聴者はトシユキ君と同じ個人主義のイデオロギーの立場から動画を見ているため、トシユキ君が正しいものだと感じ取れる。しかし、全体主義イデオロギーの視聴者からすると、トシユキ君は和を乱す問題児にしか見えない。

この動画には「洗脳怖い」というコメントが多数投稿されている。おそらくこの動画を見ている人の殆どが個人主義の教育を受けた日本人であることから、トシユキ君に共感することだろう。しかし、そのような人たちは、個人主義の教育を受けた多数派という点において、イデオロギーが違うだけで作中のトシユキ君以外の生徒・先生と変わらないのである。

多くの人は権威に従うこと無自覚な道徳として体に染み付いている。そのような人達は「洗脳怖い」という感想を言い合い納得し合う。全体主義が正しいと言うつもりは無いが、洗脳を批判しながら、この教室の方針にどんな問題があるのか明確に答えられる人は少ないのではないだろうか。

きのこVSたけのこ、目玉焼きにはソースVS醤油、源氏パイVS平家パイなどイデオロギーの対立はそこら中に存在する。問題なのはどちらが正しいか間違っているかよりも少数のイデオロギーが多数のイデオロギーに黙殺されるという現実ではないだろうか。そして、自分のイデオロギーに疑問を持たずに無自覚的な道徳観によって他のイデオロギーを批判するということは大きな問題だ。

ちなみに自分は目玉焼きには塩をかけます。

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