自分にとって学校は牢屋でした

中2から不登校

自分はいわゆる不登校でした。個としてではなく集団としての生活を求められる学校が嫌いだった自分は、小学校は週1で休んでいて、中学校は2年の夏休みの終わりから殆ど行きませんでした。きっかけは先輩とのケンカで腕を折って一週間休んだら行きたくなくなってそのまま不登校という感じでした。

学校という名の牢屋

多種多様な人間が「学校」という画一的なルールと教育を施される「牢屋」に収められている状況に幼いながらもずっと違和感を覚えていました。なぜ好きでもないことをやらなければならないのか?なぜ多様な人間に対して画一的なルールで平準化を図り、個性というトゲを取るようなことをするのか?社会人になった今振り返ってみると余計に学校という存在に疑問が募ります。

幼いながらに感じた違和感

今でも鮮明に覚えている気持ち悪さを感じた記憶を一つ挙げましょう。それは中学校1年の入学したての頃。同級生の一人が病気で亡くなったのです。その日はホームルームの時間になっても先生が中々来ず、ピリピリした様子で遅れて教室に来た学年主任の先生が涙を流しながらその生徒が亡くなった報告をしました。そしてこのような事を言っていました。「入院していた○○君とは会っていないけれど、4月から私の生徒でした。」それを聞いたクラスメイトは涙を流して大げさに大泣きしていました。泣いていなかった自分に対して、後ろの生徒から「お前は泣いてるん?お前も泣けよ」と言われ、自分が薄情だったのではなく全員が嘘泣きしているのだと確信したのを覚えています。学年主任にとっては生徒を一致団結させるための良いイベントだった事でしょう。今思えば隣国の独裁国家が思い浮かびます。

学校へ行く=正しいは学校側の意見に過ぎない

学校としては体裁を守るために不登校の存在をイレギュラーとして解決されるべき問題と捉え、”学校に来る事が正しい”と吹き込みますが、それは学校の立場としての意見に過ぎません。学校に行かなくても自分で学べるし、就職もできるし、何も不自由なことはありません。ただ、真面目に学校に行っていた人間と同じ道を歩く事は難しいでしょう。しかしそれが是か非かはその人の好み以上でも何物でもありません。自分はテンプレートのような人生よりも、少し外れた人生の方が楽しいと思っています。

文部科学省も「不登校は問題行動では無い」と言いましたし、登校信仰を守るために人生をロスするという不幸な人間が減る方向へ向かう事を願っています。自分の人生は自分で決めて良いと思います。

金太郎飴のような人間はもう要らない

小学校から高校までの12年間、同じ年齢の人間が固まって同じ教育を受けるという状況は非常に異様な期間です。体力も思考も伸び盛りの時にそのような画一的なプラットフォームに飲み込まれていれば、伸びるべき個性も摘み取られてしまいます。それが教育の目的なのかもしれませんが。確かに、高度経済成長期のような進むべき方向が決まっている時代は現行の近代的な教育方法は有効だったのでしょうけど、現在は成長が終わり成熟期に入っています。今の時代は何処を切っても同じ金太郎飴な人間よりも”個性のある人間”の方が輝いています。時代が変わったなら教育も変わらなければなりませんが、時代に適応できずに惰性で続く教育制度はリスクと言えるでしょう。

規則で縛り、罰則で従わせることのリスク

初めから規則で縛り、罰則で従わせるスタンスでは、自主的な判断力は培われないし、その状態では罪の無いところで思慮の無い行動を無自覚に行う可能性もあります。ガチガチに管理された環境で育った人間は何か不具合があれば、管理している側の人間の責任であって自分の責任では無いと考えるようになってしまうでしょう。学校では協調性を重視しますが、世の中が協調性に富む人ばかりであったら、誰が過ちを正し、誰が社会を改革するのでしょうか。企業ぐるみの犯罪も協調性の弊害ではないでしょうか。自分の責任が取れる人間を作るためには自由が必要なのではないでしょうか。

啓蒙主義は肌に合わなかった

自分は「学校」から途中で抜け出せてよかったと今では思います。あのまま金太郎飴の一部になっていたら今の人生は無かっただろうし、下手したら没個性で自分よりも会社優先な社畜になっていたかもしれません。

最近思うことがあるんです。その諸々を説明すると長くなりますが、仏教では「色即是空」と言い表されていました。結局個人の考え方次第ではありますが、人生に正解はありません。自分の好きなように生きたもん勝ちではないでしょうか。あの頃の自分に言いたい。学校なんて無理して行かなくていいんだぜ。そこの君、学校なんて行かなくていいんだぜ。

ファイル・ロケーション: 随筆

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