「君の名は。」の終わりは新海誠らしくない / 「言の葉の庭」の結末って2つあるよね

「君の名は。」の終わりは新海誠らしくない

劇場で見た直後の感想として、新海誠らしくないなと思ったのは自分だけでしょうか?

いままでの新海誠の作品は幻想的でありつつも思い通りに行かない現実的な所を上手く織り交ぜられていて、相反する2つの価値観が微妙な加減で見事にマッチしていて独特な世界観を醸し出していたのです。

しかし「君の名は。」は最後の最後でまるで後付のように「出会ってしまう」という終わり方だったので、違う意味で意表をつかれました。以前の新海誠なら、「ああ、絶対に会えない人だったんだ。でもあの時の日々は間違いなく本物だし、自分たちの気持ちも本物だった。」と心に大きな傷跡を残して終ったでしょう。

ただのエンドと見せかけてハッピーエンドにする手法は、確かに感動はするものの、それほど心には残りません。しかし大衆はそういう物語を求めていたようで、上映日から数週間も経つと、ジブリもびっくりな大ヒット作品となりなんだかなと思いました。

大衆に認められないというのは、ある意味、市場価値が低いことを示す状態であり、大衆受けする作品こそが・大ヒットするものこそが価値あるものであるというのは考えようでは正しいのですが、新海誠さんには大衆など気にせず本人が作りたいように作っていて欲しいと個人的には思っています。

次の作品「天気の子」はどのようなものになるのか楽しみです。

「言の葉の庭」の結末って2つあるよね

「君の名は。」のヒット後に2013年公開の「言の葉の庭」のディレクターズカット版?が上映されていました。当時おいおい、ゲンキンなものだなと思っていて古参の顔をしてスルーしていましたが、アマゾンプライムで何気なく「言の葉の庭」を見たら、2013年初版とエンディングが若干異なる事に気がつきました。記憶違いかもしれませんが。。。そうだったらごめんなさい。

2013年版は、最終的に両想いになるが、それを糧にしてお互い別の道を進むという結末でしたが、2016年版は、最終的に両想いになるところまでは一緒ですが、実は文通をしていて、近いうちに会いに行こうというように再開を示唆する終わり方に修正されていたのです。

これはこれで良い終わり方で文句は無いのですが、2013年版の方が切なさがハンパなくて「これが新海誠の世界観か」としみじみした記憶がありました。

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