何のための成長か?成熟の形を追求してもいいのでは

「日本は貧乏」説に「でも日本は住みやすいし楽しいから充分」と反論するのはもうやめないとオレら後進国まっしぐらだぞ

という記事がLineニュースで流れてきました。

この記事の主張としては、”日本は結構な転落国なので、居心地の良さを感じていないで危機感を持って成長志向を高めろ”と読めました。貨幣ベースでしか状況を考えられていない所がなんだかダサいですね。

記事の最後は”「取りあえず快適だから」でい続けても成長しないぞ。”と締めくくられていますが、結局何のために成長が必要なのかいまいちわからない。おそらく”いやはや、円の強さ、感じましたよ”だとかサンフランシスコの例から察するに「日本円が強い→対外で自由が利く」と言いたいのでしょう。しかし、【1】~【5】(リンク参照)でもいいじゃないですか?と思ってしまう。サンフランシスコに行けなくてもそもそも興味は無い。

経済学には「限界効用逓減の法則」というものがあります。例えば、ビールの一口目は美味しいけど、二口三口と飲んでいくたびに徐々に効用が低減していくという法則です。戦後の世代と比べたら現在の世代は最初から豊かな状態で消費社会に参入しています。0からスタートした世代と90からスタートした世代では欲に差が出て当たり前です。豊かになるほど、成長率が下がっていくのは必然です。

「経済成長率が落ちているから豊かではない」というのは卵と鶏の理論であって、実際は「豊かになればなるほど忙しく働くならなくなり、豊かさを実感できなくなっていく」「経済成長を求めるほど経済成長は難しくなっていく」の方が正しいと思います。

なぜなら全ての豊かさがGDPで換算されるわけではないからです。友人や恋人との思い出やスポーツによる心地よい達成感などは、豊かさや幸せを構成する一つの要素でしょう。しかし、そのような精神活動は全くGDPに足されません。貨幣換算されるものが幸せの全てではないのだから【1】~【5】のように思えるのなら、それでいいのではないかと思います。成長から脱してマイペースに生きていく。それが成熟した国のあり方かもしれません。

ファイル・ロケーション: 随筆

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