草木湖に沈んだ村

大雨に備えて放水していたのか、草木ダムの水位が下がっていたので、ボート乗り場から降りてみました。

草木ダムができる前に、ここには村(東村神戸・沢入)があり、住民230戸がここに住んでいました。1967年からダムが着工されましたが、住民たちによる激しい反対運動を受け計画は難航。1973年には補償交渉が妥結し、当初の計画から遅れる事7年後の1977年に完成。運用が開始され、村は草木湖に沈みました。

「打出沢」にかかっていた「打出橋」。反対側には「内手橋」と書かれている。昭和32年6月竣工。

打出沢。湖の水位が下がらないと現れません。

イノシシとシカと人の足跡があります。

武尊神社跡。

 

橋げたと思われる跡。

下水だろうか。パイプが生えている。

おそらく沈殿槽。沢の水を利用していたのでしょう。

石垣やら橋が現れて村っぽい。

こうしてみると橋が浮いているよう。

1時間くらいのんびりしていました。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です