御巣鷹山の墜落地点へ行ってきました

0 Takuya Kobayashi

1985年8月12日18:56に東京羽田発、大阪伊丹行きの日本航空123便が群馬県南西部の御巣鷹山の尾根に墜落しました。事故の原因はボーイング社の不適切な修理によって圧力隔壁が破損したことによる垂直尾翼の脱落と油圧系統の喪失によるものと推測されています。524人の乗客・乗員のうち520人が死亡し、単独機で史上最悪の航空事故・墜落事故とされています。

事故機のJA8119

墜落後は現場の悲惨な状況から生存者が居る見込みは絶望的とされていましたが、上野村の消防団の方々によって、尾根北側に滑落していた機体後部の残骸の中から4人の生存者が発見され救助されました。生存者の証言によると、救助隊が到着するまでの間、話をしたり、声を出したり、荒い息をしていた複数の人たちが居たといいます。

群馬県警察医によると「乗客の頭部の割れたもの、シートベルトによると思われる腰部からの断裂が多かった。スチュワーデスの遺体は比較的損傷の度合いが少なかったような気がした」と証言しています。客室乗務員の席は後ろ向きで肩掛け式ベルト付きであるため、乗客の席よりも比較的安全性が高い作りでした。今回の事故により乗客と乗務員の「安全差別」が浮き彫りになりました。

この悪夢のような航空機事故が起きたのは33年前の夏です。当時、自分は生まれてはいませんでしたが、ニュースで毎年のように見ていたので事故については知っていました。しかし、”どこか遠くの国の出来事”のように感じている自分がいました。このような事故はあってはならないことであり、犠牲者の方々を悼み、航空業界では今後の教訓にすることがせめてもの供養だと思います。テレビで見ているだけではなく、現場に行って手を合わせて来ようと思いました。

墜落地点の緯度経度は[ 36.001505, 138.693802 ]です。
8月11日夕刻に灯篭流しが行われる神流川の横を通り、墜落地点へ車を走らせました。途中まで林道が整備されており、5,6台程度がとめられる駐車場もありました。

この場所を歩いてみて分かりましたが、生存者が見つかったスゲノ沢は谷底のように窪んでいるところでした。これでは上空からヘリで探そうにも簡単に見つかりそうにありません。無線も通じづらいでしょう。ちなみに自分のスマホ(ドコモ)は県道から林道へ入り、少ししたら圏外になってしまいました。

尾根を登ると慰霊碑があります。
墜落地点はここからさらに登ったところにあります。

墜落地点です。手前の山の尾根に接触後、最終的にこの岩に激突したとのこと。捜索の際はこの岩を基準としたそうです。

墜落地点からの空の眺めです。この日は快晴でした。熊谷は蒸し暑かったのですが、標高約1600mの御巣鷹山の尾根はとても涼しく、空気が澄んでいました。

焼失あるいはなぎ倒されて根本部分しか残っていない枯れ木が確かにここで事故があったことを教えてくれているようです。枯れ木からは新しい木が生えていました。事故直後の画像を見てみると、ここ一帯が焦土となっていましたが、33年経った今はすっかり木々が茂り、山がかつての惨状を緑で上書きしているようでした。

慰霊碑から見て左手奥に遺品が置いてあるバラックがありました。手を合わせましたが、憂鬱な気分になりそれ以上ここに居られませんでした。

空に限らずあらゆる交通の安全を願って

安らかにお眠りください。

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以上